パスカルの葦笛のブログ

クラシック音楽のテレビやFMの放送からその演奏を視覚(楽譜)で再現します。後から読むだけでどんな演奏だったか理解出来ます。

遅いテンポから加速する(アッチェレラント)朝比奈隆のベートーベン第四番

先日のN響ザ・レジェンドの残り放送、朝比奈隆指揮N響ベートーベン交響曲第四番の演奏である。


手持ちに、新日フィルの全集から、第四番の演奏がある。(1989年)朝比奈隆80歳の記念で、いわば朝比奈芸術の集大成の意味があるが、1995年の演奏を聴くと、単なる経過点の意味しかないことになってしまった。スクラップ・アンド・ビルト(破壊と創造)からすると、集大成がゴミになってしまって、87歳の朝比奈隆が創造を手掛けているわけである。七年は進歩発展進化すらしている。


N響の第四番の演奏は凄過ぎるのである。しかも新日フィルのティンパニは技量と冴えではN響より優れていて、演奏自体は新日フィルの方がいい。一人朝比奈隆の解釈が勝ったとしか言いようのないもので、それだけの理由で優れた演奏となった。


第一楽章。
例えば333小節で、オーケストラのアタッカがあり、朝比奈はN響のテインパにsfで印象深く演奏させている。新日フィルでは単なるffでダイナミクスが大きいだけだ。印象が無い。


朝比奈はテインパニのffをsfで打たせて非常に感銘を与えている。新日フィルは平坦な演奏に終始しているわけだが、N響ではあえてどぎつい表現を採用している。


そういう87歳の朝比奈隆の新しい解釈はなおも続くのである。楽章のコーダで、482-483小節で強奏の中で沈んだp記号をあえて特別の意味を持たせて、N響にpないしppで演奏させている。


本来475小節以降は全ての指揮者は一気にfで強奏して終結させているわけだし、朝比奈も新日フィルではそうしている。だがN響では432-433小節の二つの音符をpないしppで弱めた演奏をさせた。それを受けて金管は、弦と木管の弱奏の後ffの強奏に転じるのである。この時朝比奈は金管のffを一層際立たせるために弦と木管にppを求めたわけだ。87歳の朝比奈隆がなおも新しいベートーベン像を追い求めていたわけである。


第四楽章。
冒頭Allegro ma non troppo.というテンポ指定がある。新日フィルもその指定の速度だ。しかしN響ではAndante(歩く速さ)という遅い速度で開始された。


21小節前で、朝比奈は大きなフェルマータを入れて、大きな間を空けた。


朝比奈隆の新境地をここでも垣間見ることが出来よう。ここに間を入れることに、多年の迷いがあったわけだが、死ぬ前に一度はしてみたかった解釈であったと推察する。もちろん新日フィルでは素通りしている。N響最大の見せ場である。


さらに83-86小節の間で、朝比奈隆としては珍しくアッチェレラント(加速)を掛けたのである。



朝比奈隆のアッチェレラントは珍しい。そこで、はたと気が付いた。何故遅いテンポで開始したのかという理由がここにあった。テンポをここで加速する為に、あえて遅いテンポで開始したのだ。これは見物です。これを見るだけでもCDを買う価値がある。


というわけで、晩年なおも進化が止まなかった朝比奈隆のベートーベンの神髄が分かる貴重な音源でした。